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堺線香について

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猪名のささ原 風吹けば~源氏物語の香りを探る~ 5章 末摘花の帖

 末摘花の帖は、源氏物語の中でも閑話休題というか、とても異色な物語として良く知られていると思います。源氏物語の登場人物の中でも非常に個性的な姫君ですが、実は後々物語上では重要人物の一人となるので、色んな意味で読み応えがあります。原文でも、紫式部としてはこの姫君が気になるのか、現代語訳が追いつかないくらいに細部まで描写してるのも特徴でしょう。
 さて、帖のタイトルである末摘花(すえつむはな)とは、物語後半で源氏が読む「なつかしき色ともなしに何にこの末摘花(すゑつむはな)を袖に触れけん」の歌に因んでいますが、ベニバナの事を指すようです。
 身分は高いがすっかり落ちぶれてしまって、しかも全然美人でもなければセンスもピント外れな、今風に言うと少し残念な姫君との逢瀬の物語になります。

早春の浄瑠璃寺

  既に亡くなられた常陸宮という皇族の姫君の噂話を聞いた源氏が、その「悲劇のヒロイン」のような境遇に興味を持ってしまい、早速会いに行く辺り、物語としても源氏の行動パターンとしても相変わらずです。その姫君は「琴をぞなつかしき語らひ人」と記されるように、少し琴を嗜むらしいというくらいで、影が薄いというかかなり大人しそうな感じの方だろうというくらいしか分かりません。ひとまず源氏は、屋敷の庭の梅の花が薫る春先に、その琴を聴かせてもらおうと伺う事になります。

 屋敷はみすぼらしく、身分の高さとは不相応なくらいの侘しい生活を送っていた姫君ですが、少し無愛想でセンスも今一つ古臭くて容姿が優れている訳でもなく、性格が素直というか律儀なところだけが殊更強調されて描かれますが、ただ香の香りだけが源氏と姫君の間を繋ぎ合せていくかのように物語が進行して行きます。源氏が姫君をようやく垣間見る事ができた折、姫君は不釣合いなクロテンの毛皮に良い香を焚き染めて着ていたと描かれています。雅な平安貴族というより、奈良時代や平安初期の唐の装束みたいな雰囲気で描いているように思いますが、殊更時代遅れなイメージを強調しようとしたのかも知れません。年老いた常陸宮に先立たれて一人残された姫君は、恐らく親王の形見だろう香だけが姫君であることを明かしているかのようです。

早春の浄瑠璃寺

 お粗末でセンスも駄目で何もかも酷評の連発ですが、幾つか登場する香りの記述に関してだけは、姫君の本来の身分の高さを評しているのか、香りだけが良く描かれていて、その辺り作者の香りへの強い拘りを感じさせます。

 物語の後半に、若紫と一緒に絵を描く源氏が描写されていて、そこで改めて源氏が描く姫君(末摘花)の顔に対し幼い若紫が駄目出ししますが、実は後々の物語の伏線になってるのでは?という描き方のように思います。最後の一節を与謝野晶子訳の現代文で取り上げたいと思います。

「初春らしく霞を帯びた空の下に、いつ花を咲かせるのかとたよりなく思われる木の多い中に、梅だけが美しく花を持っていて特別なすぐれた木のように思われたが、緑の階隠(はしかくし)のそばの紅梅はことに早く咲く木であったから、枝がもう真赤に見えた。」



2019.8.23掲載